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仲谷塾長の論説集A

 

『実践的人材の育成を目指して』

=キャリアアップ・プログラム「ホスピタリティ・コース」開設=
「大阪学院大学通信」第34巻第3号(03年6月発行)掲載

大阪学院大学教授 仲谷秀一



1 はじめに、何故キャリアアップ・プログラムなのか  

 2003年4月、大阪学院大学にキャリアアップ・プログラムが開設され、その最初のプログラムとして、「ホスピタリティ・コース」がスタートした。今、何故キャリアアップ・プログラムが必要なのか、ホスピタリティ・コースの概要と狙いを述べてみよう。 2003年新年を迎えるにあたり、「大阪学院大学通信」巻頭を飾った年頭所感の中で、白井善康総長は、建学以来の「視野の広い実践的な人材の育成を目指す」という理念をさらに押し進め、「ITネットワークの進展により、地球規模で情報が行き交う真の国際交流の時代が到来したことに対応して、グローバルな視野と幅広い教養、積極果敢な行動力を持った心豊かな国際人を育成する」と力強く語った。 そして、キャリアアップ・プログラム「ホスピタリティ・コース」こそ、この方針を具現化する大きな第一歩にほかならない。


(1) 人材の値打ちも市場が決める時代

 21世紀に入り顕著となった産業構造の急激な変化は、企業の人事システムにも大きな変革をもたらそうとしている。企業間競争の激化により、各企業は、自社内における社員教育のコスト削減をはかるとともに、必要な専門性を有した人材を適切に当該職域に配置するために、即戦力の人材を最小限に絞り込んで採用するようになった。同時に、企業は、年功序列・終身雇用の人事の枠組みを捨て、企業内の正常な競争を促す能力成果主義に向かいはじめた。
読売新聞2003年4月2日付朝刊によれば、4月1日に実施された大手企業の入社式において、多くの社長が、賃金体系が年功序列から成果報酬へと大きく変わる潮流をうけて、新入社員に対してこのような自覚を促すメッセージを送った。江崎グリコの江崎勝久社長は、「乗り物に乗ったから目的地に連れていってもらえる、入社したから安心だという気持ちがあるなら、とんでもない間違いだ」と強調した。他にも、「職業人として『自分の値段』を常に意識して欲しい」(大阪ガス、野村明雄社長)、「挑戦する社員には報酬でこたえていく」(三洋電機、井植敏会長)、「人材の値打ちも市場が決める」(クラレ、和久井康明社長)と、異口同音に能力成果主義の到来を語っている。 さらに、定期採用を廃止した企業もある。新年度入りとともに経営統合した総合商社日商岩井・ニチメンは、本年2月に、今後定期採用を廃止し、必要な人材を必要な時に市場から調達する通年・中途採用の人事制度への全面移行を表明した。 本来、定期採用は、日本的労働慣行の所産であり、通年採用が一般的である諸外国では、定期採用、中途採用と言う概念自体が存在しない。ここにきて、日本企業も人事制度のグローバルスタンダード化に向けて踏み出したといえる。ホスピタリティ産業(ホテル、旅行、航空等)においては、これは顕著である。例えば、好調な業績を維持する外資系ホテル、ザ・リッツ・カールトン大阪には、定期採用はなく通年採用のみである。しかも新卒者の場合は、当初は正社員ではなく契約社員採用となり、一定期間、ホテル会社、社員の双方が、お互いに職場、職業適性を見極めた上で、正社員登用の道を開いている。国内大手航空会社も同様に、数年来、客室乗務員の新規正社員採用を行っていない。すべて契約社員として採用し、通常3年を経過して本人が希望し必要な条件を満たした場合に、正社員に登用されるのである。


(2) 雇用変革に大学はどう対応する

 こうした状況のもと、大学もまた、対応をせまられることは明白である。 大学において、長年にわたり営々と築きあげられた高度な学術研究による理論知識の重要性は今もかわることはない。しかし同時に、企業側は、即戦力的な実践能力を有する人材の供給を大学に求めていることもまた事実である。大学の教育現場において、理論知識を実務運用力に変換させるために、より具体的な実践事例を盛り込んだ実学的教育の重要性が増しているといえる。 年功序列の崩壊とともに、従来の就職ならぬ就社が、真の職業選択である就職と変わりつつある現在、将来におけるキャリアアップ(職業経歴向上)が学生にとって、自らの生涯をかけた重要な課題目標となったことを、学生自身、その家族、教員、職員のすべてが認識すべきところにきている。 将来、本学はもとより、多くの大学で学生の将来進路にかかわる様々な学際的、実践的なキャリアアップ・プログラムが用意されることと予想する。本学は、その先駆けとしてキャリアアップ・プログラムを開設し、「ホスピタリティ・コース」をスタートさせることになった。



2 ホスピタリティ教育と大阪学院

(1) ホスピタリティ産業の概念

 欧米の大学には、ホスピタリティ学部、学科、コースが数多く存在する。スイスのローザンヌホテル大学校、米国のコーネル大学ホテル経営学部は、殊に有名であり、多くのホテル経営者を輩出していることで知られる。これら大学教育機関は、ホテル、レストラン、フードサービスを包括するホスピタリティ産業(Hospitality Industry)を対象とした総合的な経営実践理論であるホスピタリティ経営学の教育を目的としており、カジノ、クルーズ等のマネジメントもこれに含まれる。旅行代理店業、航空業などの旅客輸送業、テーマパーク、観光開発業などは、旅行産業(Travel Industry)ないしは観光産業(Tourism Industry)に分類されるが、広義には、これらをホスピタリティ産業に含めることも少なくない。ホスピタリティ産業の概念は、1980年代初頭に米国で生まれ、その後世界に広がったと言われている。 宿泊業としてのホテル業が多様化、複雑化し、かつレストラン、フードサービスを同じ領域に取り込んでいく過程で、業界全体を包括する言葉としてホスピタリティが使われ始めた。 ホスピタリティの語源は、古代ラテン語に由来する。その意味するところは「訪れる人に食事と宿を供して手厚くもてなし、元気を回復させて送りだす」であり、ホテルもまた同じ語源から派生していることからすると、これらの業界全体の理念を表す言葉として、極めて適切であると言うべきであろう。


(2) 何故、観光でなくホスピタリティなのか 

 従来から、国内の大学、短期大学、専門学校において、ホテル、航空、旅行、観光に関する教育機関を、観光学部、学科、コースと称することが少なくなかった。 しかしながら、広辞苑によると、「観光とは、他の土地を観察すること、また、風光などを見物すること」とある。従って、観光(Tourism)のみならず政治、経済、文化の国際的交流をともなう幅広い旅行(Travel)や、ビジネス活動や個人の生活行事に密着したホテル・レストラン・フードサービス(Hospitality)を対象とする研究の分野を、余暇利用に限定した観光学として総称することには、無理があると言わざるを得ない。観光学は、社会学の一分野であるのに対し、海外のこの分野は、すべて経営学の範疇に位置付けられ、講座の内容により、旅行産業経営学(Travel Industry Management)またはホスピタリティ経営学(Hospitality Management )と称せられる。以上のような状況のもと、大阪学院においては、今回のプログラムを、国際的な共通認識に従い、「ホスピタリティ・コース」と称することとした。


(3) 大阪学院のホスピタリティ教育への取り組み

 大阪学院大学における、ホスピタリティ教育の歴史は、1993年に遡ることができる。この年、併設短期大学において、「ホテル業務」、「航空業務」の2科目を開講。その後、短期大学に「旅行業務」、「観光企業論」を加えるとともに、4年制大学においても1994年に商学部商学科を改組転換した流通科学部に、「観光事業論」、「ホテル事業論」を設置、全学で6 科目を数えるまでに至った。 これら6 科目が今回のホスピタリティ・コースの中核をなしていることは言うまでもない。 さらに、特筆すべきは、ホスピタリティ関連企業への海外インターンの派遣である。 2001年夏から、カナダのJTB海外営業所で2ヶ月間にわたり海外インターンシップを実施し、翌2002年夏からは、ホテルへのインターン派遣を開始した。 ホテルインターンシップでは、外資系ホテル、ハイアット・リージェンシー・オーサカで1ヶ月間の準備訓練の上、カナダのホテルに1ヶ月間派遣した。 また本年2 月には、日本航空でのインターンシップもスタートし、ホテル、旅行、航空業界でのインターンシップがここに完成した。 このようにして、ホスピタリティ・コースにおける教学と実践の基礎が形づくられたのである。 

 今回のホスピタリティ・コースの特徴は、
 @ 実務経験豊富な講師による体系的かつ実践的な講義
 A 社会人、職業人として強化すべき基礎的な人格教育
 B グローバルに活躍できる人材養成のための実務研修
 の三点であるが、以下にその詳細を述べていくことにする。



3 実務経験豊富な講師による体系的かつ実践的な講義

(1) 学部講義との融合  

ホスピタリティ・コースの各科目は、大阪学院大学に設置されている、流通科学部、経営科学部、経済学部、法学部、外国語学部、国際学部、情報学部、企業情報学部の8学部および短期大学の学生なら誰もが登録し、受講あるいは聴講できる。 すべての学生は、自身が所属する学部の専門性に加え、将来の進路にそなえホスピタリティ・コースの実践的な講義で、理論を実務に活かす運用力を身につけることができるのである。 流通科学、経営科学、経済、企業情報の各学部の学生であれば、経済、経営、マーケティング、財務、会計などに関連する専攻科目で得た理論や概念を、より具体的な事例として学習できる。ホテル経営は、中小企業経営のビジネス・モデルとして最適であり、内外の投資家からは、ホテルへの不動産投資効果を高めるために、ホテルの事業性を理解し、かつ財務・会計知識を有する資産運用マネジャー(Asset Manager)が待望されているからである。 法学部の学生であれば、企業のコンプライアンス(法遵守)責任者(Compliance Officer)への進路もありえる。 消費者に密着したホスピタリティ産業は、想像以上に法律に明るい人材を求めているからである。 外国語学部、国際学部の学生には、自らの語学力や国際的知識を、進路に活かせる道が開かれる。また、航空、旅行、ホテル業界は、IT抜きには考えられない情報集約型産業でもあることから情報学部での技術・知識はここでも大いに期待されている。このように学部の学術的専門性とホスピタリティ・コースの実践的専門性のコラボレーション(融合)は、大きなシナジー(相乗効果)を生むことになるであろう。 こうした事例は、海外にも求められる。全米から2万人もの学生を集める州立ハワイ大学マノア校(オアフ島)で経営学を修めたある学生は、航空業界幹部を目指するにあたり、大学で不足した実務知識を修得するために、後述する2年制専門大学、ハワイ大学カピオラニ・コミュニティ・カレッジ(オアフ島・以下KCCと記す)で航空実務講義を聴講している。 KCCは、ハワイ大学に属する7つのコミュニティ・カレッジの一つで、ハワイ6島に点在する本校を含む10のキャンパスは、単位互換、LANの共有、編入などが可能であり、この学生のような事例は、珍しいことではないと言う。


(2) 産学連携による実践的講義  

 ホスピタリティ・コースは、19 科目、42単位で構成される。講師陣のほとんどすべてが実務経験者であり、実業界現役の兼業講師も多数含まれる。全19科目の内、日本航空との提携8科目、ロイヤルホテルとの提携1科目、計9科目など、これら有力企業との産学連携により、講義内容、講師陣ともに、さらに充実したものになった。全体の構成では、6科目16単位が、すでに述べた流通科学部および短期大学に設置された既存科目であり、13科目26単位が、今回新設された科目である。

 これらの、科目を内容別に分類すると、
 @ ホテル、旅行、航空、観光業務に関する専門科目 10科目
 A 専門領域をより深め、高めるための応用科目 6科目
 B 業務に必要な人格、感性を磨く基礎科目 3科目
 となり、これらが体系的に、組み立てられている。


 ホテル分野を例にとると、1年次に「ホテル業務」で、基礎的なサービスの業務知識を、2年次には「ホテル事業論」で、ホテルおよびホテルを構成する各部門の役割、商品価値、ビジネス性を、3年次には経営者、総支配人、マネジャーの視点で経営戦略を学ぶ「ホスピタリティ・マネジメント論T、U」と言った様に、体系的に実践理論を受講することが可能となる。さらに専門特化する場合は、新たな専門領域となりつつある「ホスピタリティ・マーケティングT」の「ブライダル」を受講することができる。これに加えて、「ホスピタリティ情報システムT、U」や、「サービス・マネジメント論T、U」により、業務に必要な基礎知識、応用知識を身に付け、職域の専門性を深めることが可能であるが、これは、航空、旅行、観光の各分野についても同様である。さらに、この分野で働く人材に要求される社会性、国際生、感性豊かな人格形成のためにコミュニケーション3科目が用意されているが、これは、5章で詳述することとする。   ⇒*図表


(3) コース受講と科目聴講

 受講希望者は、コース登録し、設置科目の内、一定以上を単位取得すると、修了書が授与される。 単位取得にあたり、重要科目は必修となっているため、通常、修了までに3年間を要する。従って、受講生は、1年次生、2年次生に限られることになるが、上級生も、希望科目の聴講は可能となる。同様に、短大生が本コースを修了するには4年制大学への編入が前提となるが、それ以外でも聴講は出来る。 既存の学部、短期大学設置6科目は、他学部履修、単位互換制度により卒業単位に認定される。 他方、コースに新設する13科目についても、今後、単位認定を検討されるべきものと思われるが、スタート当初においては、これについての制度を設けていない。



4 社会人、職業人として強化すべき基礎的な人格教育

企業側から、大学生の社会性や職業意識の低下が叫ばれて久しい。 これらの要因として、核家族化や地域コミュニティの崩壊、初等教育での人格教育の欠陥などが上げられるが、大学として何をなすべきかを、改めて考えてみる必要はあろう。 学生に責を求める前に、そのような事態を招いた大人が、自ら反省しそれに対処すべきである。 事実、現在の学生たちは、過去の学生に比べ、人格的、資質的に劣っているわけではない、訓練されていないだけなのである。 ホスピタリティ産業に携わる人材は、対人業務が主要な部分を占めることから、一般企業より以上に、その人格を問われる。当該コースでは、そのような状況に対応して、「ヒューマン・リレーション」、「ビジネス・マナー」を取り上げ「ホスピタリティ・コミュニケーションT、U」として必修科目にした。 「ヒューマン・リレーション」では、受講生に、社会人として、どのようにしたら社会との関係を良好に保っていけるか、気配り、心配りといった心のあり方を、また「ビジネス・マナー」では、職業人としての、礼儀、節度をもった言動、表情、立ち振る舞いなど行動のあり方を、学生自身が体感しながら、自然な形で身に付くようコーチングすることを目的としているのである。


5 グローバルに活躍できる人材養成のための実務研修

(1) インターンシップ、海外留学の充実

 産学連携は、インターンシップでさらに強固なものとなる。航空業界では日本航空と、旅行業界ではJTBと、またホテル業界ではロイヤルホテル、ハイアット・リージェンシー・オーサカ、富士屋ホテル等との提携が進んでいる。 この他、海外の航空、旅行、ホテルへのインターン派遣も引き続き実施する方向であり、大阪学院の目指す、国際的な人材の養成は、現実のものとなる。近年、インターンシップの普及に関し、大学側が考える以上に企業側は、熱心に取り組んでいる。 これら企業にとっても、産業界の教育界に対する支援活動と言う以上に、自社に必要な人材の養成は、企業の存亡をかけた大きな課題となっているからである。ホスピタリティ関連インターンは、原則的に当該コース受講生から選抜されるが、その前提条件として、「ホテル業務」、「航空業務」、「旅行業務」の中からインターン希望職種を受講し、かつ「ビジネス・マナー」を修了することが条件となる。さらに、グローバルなビジネス・スキルを身に付けたい受講生にはKCCへのセメスター留学(半年)がプログラムされている。 KCCでは、ホテル、航空、旅行業界出身の外国人教授による実務訓練を交えた実践的授業に加え、ワイキキ地区の有力ホテル等でのインターンも可能となる。ハワイは、全米有数の観光地であり、長年にわたって大学と実業界の産学連携が確立している先進地域でもある。このようなことからハワイは、海外ホスピタリティ留学・インターン派遣先として極めて望ましい地域といえる。

(2) 海外研修を支援する国際オンライン講義

  海外インターンや留学を希望する受講生のために、その準備として「ホスピタリティ・コミュニケーションV(英語表現)」のオンライン講義が用意されている。ハワイ大学ホノルル・コミュニティ・カレッジのドリック・リトル教授によるオンライン方式による遠隔地講義がこれである。ハワイ、大阪学院大学を結んでのリアルタイムのオンライン講義は、2001年に新設された2号館の、最新鋭の情報システム、200インチ大型液晶モニターをはじめとするAV機器を装備したマルチ対応教室が、威力を発揮することになる。この他、海外派遣を希望する受講生は、英会話に特化した共通科目の語学特修コースを受講することができる。


6 まとめにかえて、流通サービス産業に対応する
   ホスピタリティ教育を目指して

 以上述べてきたように、当該コースは、極めて専門性の高い職業教育を目的としている。 第一義的に、ホテル、外食、航空、旅行業界への人材供給が目的である。 しかし、ホスピタリティ関連教育は、限定された職域だけのものではない。 例えば、医療機関や介護・ヘルスケア施設の経営は、性格上、この分野に極めて近い存在であり、基本部分に共通するものも多い。 さらには、アパレルファッションや生活関連商品を扱う小売・流通業、広告PR業、教育関連業などもこの分野に適合するであろう。  事実、欧米におけるホスピタリティ経営系大学の卒業生の内、ホテル等に進むのは三分の一に過ぎないという。 その多くは、PR会社、コンサルティング・ファーム、一般企業のマーケティング担当として迎えられる。その理由は、ホスピタリティ経営学が、消費者心理に肉薄し、その満足を向上させると言った極めて実践的なマーケティング志向に立脚していることに他ならない。わが国においても、将来、ホスピタリティ教育が対象とする産業領域は、流通・サービス産業全体にさらに拡大していくと予想する。 大阪学院の就職進路データによると、卒業生の60%が流通サービス産業に進むとある。将来において、ホテル・航空・旅行業のみならず、より幅広く流通サービス業を目指す学院生が、ホスピタリティ・コースを受講することにより、社会人、職業人として人格を磨き、学院のすぐれた理論知識を実務運用力に変換する基礎的な実践能力を培われんことを切に望むものである。