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サイバー講義 『戦略的ホスピタリティ論』


特別講義第2回

「総支配人育成こそ、日本のホテル経営再生への道」


 ■ 何故、日本で総支配人が育たなかったか

 日本ホテル企業が不振にあえぐなか、首都圏、大都市を中心に、海外ホテル企業の運営になる外資系ホテルが好調に業績を伸ばしている。外資系の快進撃には、緻密に組み立てられ標準化された運営システム、ユーザーの心をとらえるブランド力が裏づけとなっていることは言うまでもない。しかし、それ以上に重要なことは、運営システムを実践し、ブランドイメージを現実のものとする総支配人の存在だ。運営(事業経営)のプロフェッショナルとしての総支配人は、オーナーが最も信頼する経営の代行者であり、顧客に対しては卓越したエンターテイナー(接遇者)、対外的には優れた外交官であり、部下にはよき教育者でありリーダーであらねばならない。 これが、外資系ホテルの総支配人にもとめられる4つの要件なのである。

 一方、日本のホテルには、プロフェッショナルな総支配人が少ないといわれる。と言うより、事業経営における執行者としての総支配人の職が確立していないと言うべきかもしれない。日本人スタッフの質の高さは、国際的にも認められている。好調な外資系ホテルも同様に、これら優秀な日本人スタッフに支えられているのだ。 極めて資質の高い日本人ホテリエが、総支配人としての適性に欠けているはずはない。総支配人として資質を磨く機会と、運営にかかわる権限を充分に与えられなかっただけである。 何故、日本にプロフェッショナルな総支配人が育たなかったのか、その原因は、日本のホテル業界におけるビジネス構造にある。

 

 ■ ホテルビジネスの二つの側面

 ホテルビジネスには、二つの側面がある。一つは不動産業的側面、即ち土地建物の所有である。 長期タームで投資し、優良資産であれば比較的安定した運用益を期待できるミドルリスク、ミドルリターンのビジネスだ。対して二つ目の側面は、ホテル事業そのものである。日々のホテル運営を通して、短期で事業収益性を高めていく。固定費をおさえることができれば、元来、売上に対する変動費比率が低いホテル業では、マーケット適合と言う大きなハードルをクリアすることによって、大きなリターンを確保できる。 言わば、ハイリスク、ハイリターンのビジネスなのだ。

  米国においては、1950年年代ごろから、所有者からホテル運営を専門に請け負うホテル運営企業があらわれ、1970年代から80年代にかけ、不動産投資が一大ブームをむかえると一挙に拡大成長した。 ヒルトン、シエラトン、マリオット、ハイアットなどに代表されるチェーンホテル群である。投資家(オーナー)は、ホテル運営企業(オペレーター)に運営をまかせることにより、煩雑で極めて専門性の高い業務に自ら手をそめることなく、安定した利益を確保できるようになり、オペレーターは、自己資本の負担を極小にしながら、チェーンホテルを拡大し、運営利益の分配にあずかるようになった。

  この、共に利益を得ることを目的とするWin−Winの構図は、「所有」と「運営」が、それぞれの領域に特化し、かつ連携することにより、対立するホテルビジネスの二面性を、シナジー(相乗効果)にまで高めた結果である。 日本のホテル経営における構造改革のヒントもここにあるのだ。

 

 ■ 「所有」・「経営」・「運営」の分離と、総支配人への権限委譲

  従来、日本のホテル企業の多くは、自社で土地建物を所有するか、建物をリースしFF&E(内装・設備)に多くの資金を投入する半所有の状態で直営する経営方式をとってきた。同一社内に不動産業とホテル事業を共存させてきたといえる。

  しかも、長年、ホテル経営を支配してきた鉄道会社、航空会社、ゼネコン、銀行など親会社の経営意図が、ホテル運営の効率化による事業収益性の向上より、将来の含み益を期待する資産保有に重点が置かれていたことは否めない。経営の上位にある不動産業的発想がホテル事業の成長と発展を妨げてきたといえる。不動産業とホテル業では、経営の目標と視点、人的資質、意思決定のスピードがまったく異なるからだ。このようなホテル会社では、親会社派遣の会長、社長を頂点とした合議、稟議制で経営が行われてきた。派遣会長、社長は、「所有」(親会社)の代理人的性格をもつ「経営」としてホテル資産と業績の管理にあたるとともに、ホテルプロパー出身の総支配人が担当する「運営」を監視し、指揮することを使命としてきた。

  こうした経営環境では、運営責任者であるべき総支配人の独立性は失われ、往々にして、経営トップおよび人事、財務を統括する上席役員への根回しや決裁なくしては、人事、経費予算を執行できず、営業施策をも思うにまかせられない状況に追い込まれる。 日本におけるホテル経営の構造改革は、「所有」(親会社)、「経営」(親会社の代理人)、「運営」(総支配人)の分離、総支配人への大幅な権限委譲が最重要事項であることは言うまでもない。

 

■ Job Descriptionと人事評価システム

 一方、外資系ホテルでは、オーナーから経営の代理執行権を与えられ、運営にあたる総支配人は、人事、財務、営業にかかわる運営組織の頂点に立ち、すべての部門を掌握して、思う存分腕をふるえる。このような総支配人をトップとした外資系ホテルの運営組織構造を支えているのは、徹底した能力・成果主義にもとづく人事評価システムである。 外資系ホテルでは、一職務一職位が原則となる。 職務毎に、権限と責任が明確化され、職位の形で表現される。

 そして、職務・職位が給与の支給基準でもあるのだ。運営階層毎の意思決定にかかわる権限と責任は、Job Description(職務記述書)に規定される。日本企業における職務分掌、職務権限規定と大きく異なるのは、日本では部課単位に規定が作られるのに対して、Job Descriptionは、あくまで各個人ごとに作成される。 毎年、上司との間で取り交わされる職務記述書には、当人の権限、責任、目標が明記され、翌年にトレースされる。上司による目標達成の判定が、昇進、昇給に直結するのだ。人事権は直接の上司にあり、思い切った抜擢も日常的に行われる。

  また、上級職になるほど、業績貢献度が重視されるようになり、担当の部門利益の目標達成度が人事評価の基準となる。権限と責任を背景にした人事システムの思想はユニフォームシステム(統一ホテル会計基準)に反映され、この会計基準によって作成された部門別損益表が、その公平性を保つ役割を果たすのだ。 このように、成果主義にもとづく人事評価と、能力重視の大胆な昇進システムが、総支配人へのキャリアアップを可能にする。

 

 ■ 総支配人育成を目指して

  日本のホテルビジネス界は、「所有」、「経営」、「運営」の分離にむけて構造改革の道を歩みはじめた。大手鉄道会社、航空会社を中心にホテル事業の再編がすすんでいるのだ。次には、総支配人の人材確保と教育が最大の課題となる。日本の大学教育において、ホテル経営学を総合的に提供している大学は、10指におよばず、ほとんどが少数講座レベルにとどまっている。米国では、160以上ものホテル経営学部、学科が存在することを考えると、その整備が急務であることは言うまでもない。

  しかし、現実問題として、当面の運営責任者を育成する必要がある。中堅社員に対する再教育である。 永年、部門内のオペレーションに押し込まれていた中堅幹部に対して、総合的な実践的経営学を学ぶ機会を与えることだ。ホテル教育機関で始められているホテル経営塾に加えて、総合大学で開講されている社会人経営大学院(日本版MBA)も選択肢である。会計、マーケティング、経営実務など経営関連カリキュラムは、ホテルビジネスにおいても普遍だからだ。

  業界内に、総支配人の育成は、教育機関の整備にかかっているとの声もある。 しかし、ホテル運営のプロを育成するには、まず、日本のホテル自らが変わらねばならない。ホテルビジネスの構造改革にはじまり、組織運営構造、会計基準、人事評価システム、トレーニングプログラムからなる運営システムの再構築が不可欠なのだ。総支配人が育つ土壌つくりこそ、日本のホテル経営再生への最良にして唯一の道なのである。