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仲谷塾長のエッセイ・論文集N

 

2002年6月26日 情報誌HOTEL


『仲谷秀一のやさしいホテル経営学入門』
VOL.3 「総支配人の仕事入門」
〜グローバルスタンダードホテルにおける総支配人の役割〜

 

ホテルと言う組織を車に例えると、前号までご紹介してきた「組織運営構造」は意思決定と言う動力を伝える機械系統であり、「ユニフォーム・システム(統一ホテル会計基準)」は、スピードメーターということができます。運転するドライバーは、もちろん総支配人。「人事権」、「予算執行権」、「販売施策」というアクセルやブレーキを駆使し、事業収益のゴールを目指さなければいけません。今回は、「総支配人の資質と能力とは一体何かを、ありホテルの一日を例にとって物語風にご紹介し、グローバルスタンダードのホテル運営おける総支配人の役割を考えてみました。


■ 『200X年X月X日(月曜日) 総支配人A氏の一日』



07:30
 A氏は、ホテル内のレジデンスから直接、朝食レストランに向かった。A氏、43歳、世界的ホテルチェーンの日本人総支配人。総支配人にリブイン(ホテル内居住)を義務づけているチェーンの方針に従って、A氏は家族とともにホテルに住んでいる。文字通り職住近接というわけだ。(C)

08:00 月曜日朝は、ビジネス客も少なくレストランは閑散としていいる。ホールスタッフや、厨房に軽く声をかけたA氏は、長い渡り廊下を歩きながら、ロビーに向かった。 ロビーには、チェックアウト待ちの航空会社のクルーがたむろしている。A氏は、爽やかな笑顔で、すっかり顔なじみなった機長と握手を交わす"Have a nice flight Captain !!"。(A)(B)

08:30 ベルやドアマン、そしてフロント・クラークをねぎらい、自らのオフィスに入ったA氏は、ラップトップPCを起動した。イントラネット上の営業情報に素早く、目を通す。部門毎の売上日報、予約情報、セールスレポート・・・、到着者一覧と宴会一覧はプリントアウトする。このホテルでは数年前から、営業情報はLANで共有している。 勿論、内部伝達や連絡は、e-mailで行ないペーパレスが徹底されている。 英字紙、5大紙を流し読みしているところに、A氏用のブラック・コーヒーを片手に秘書のB嬢が入ってくる。本日のスケジュールの確認。 月曜日は、とりわけ会議の多い日ではあるが、今日の午後は、月例デパートメントヘッドミーティング(管理職会議)もあり、超ハードな一日になりそうな気配だ。(B)(C)

09:00 ガラス張りの総支配人室の隣にしつらえられた、これまたガラス張りのボード・ルーム(会議室)に部長達が入ってくる。宿泊、料飲、営業に会計、人事の各部長、加えてエグゼクティブ・シェフ(料理長)とチーフ・エンジニア(施設部長)の面々だ。エグゼクティブ・コミッティ、通称ExComと呼ばれるホテル幹部が毎朝顔をそろえ、当日の接遇から営業上の案件まで、デイリーで討議、総支配人が即断即決していく。営業部長から、ここ数週間、宴会、宿泊のセールス実績が伸び悩んでいることへの対応策が、提案がされる。 宿泊、料飲部長もこれに同調、A氏は、早速2日後の販売促進会議までにプランをまとめるよう営業部長C氏に指示した。C部長は、地元老舗ホテルの営業課長から中途採用で入社3年目の37歳。A氏は、Excomの中で、めきめき頭角を表したC氏を、近々副総支配人に推薦しようと思っている。後継者の育成も、総支配人の大切な役割なのだ。 (B)(C)

12:00 いつもより30分長くかかった朝会を終え、予定の面会2件をこなすともう昼前、今日は、オーナー派遣のD社長とランチ・ミーティングの予定だ。 このホテルの親会社である大手ゼネコンとA氏の派遣元である世界的チェーンとは管理運営契約を結んでおり、総支配人のA氏は、事業経営(運営)に関し代理執行の役割を担っている。オーナー・ミーティングは、隔週開催で定例は次週なのだが、このところの経営環境の動きについてD社長と意見交換しておくほうがよいと判断して、インフォーマルなランチとなった。 D氏は、A氏より18歳上だが、A氏に全幅の信頼を置き、親会社との掛け橋になってくれる頼もしい存在だ。(C)

14:00 全部署の部課長を集めた、デパートメントヘッドミーティング。 部長経由の伝達のみならず直接課長に方針をつたえるのは、このチェーンのやリ方だが、とり分けA氏はこれを重視している。もう一つA氏が重要視しているのは3ヶ月に一度の全体ミーティング。 社員のみならず、パート、委託先社員のホテル館内従業員全員を3班にわけ、3日間連続で総支配人自らが直接メッセージを送る。 結構、エネルギーがかかるが、従業員一人一人の手応えが直に感じ取れるので、思わず力がはいると言うものだ。(B)(C)

16:00 会議を終えてほっと一息つく暇もなく市の経済局長からの電話。 A氏が仕掛けていたこの地域の集客プロジェクトに、市が全面的に支援してくれるとのこと。 地域への貢献も総支配人にとって大切な仕事なのだ。(D)

18:00 お忍びで来日中の、東南アジア某王国のプリンセスが到着。 かつてA氏が同チェーンの在外ホテルでレジデントマネジャー(副総支配人)として勤務していた当時、プリンセスに面識のあるA氏は、自ら玄関で出迎えプレジデンシャル・スイートにご案内。  A氏のホスピタリティあふれるもてなしを記憶に留めていたプリンセスに声をかけられたA氏、まさにホテルマン冥利につきる一瞬であった。(A)(D)

22:00 プリンセス主催の小規模だがゴージャスな晩餐会が無事お開きとなり、プリンセスご自身は、日本留学時代のご学友とトップラウンジでアフターを楽しんでおられるとの情報が入った。  オフィスで一人、来週に向けてオーナーズレポートに目を通しながら、今日も無事すみそうだなと、独りつぶやいたA氏であった。(C)



■総支配人に求められる4つの要件

ここに登場した総支配人A氏と、そのホテルのお話は、架空の物語です。 しかし、この物語は、日本のどこかに実在するホテルの、或る日の一こまでもあるのです。  それでは、この物語の中に盛り込まれた総支配人の役割をまとめてみましょう。  総支配人の役割は次の4つに要約できます。

(A)顧客を魅了する『エンターテイナー(接客者)』であること
(B)部下には、よき『教育者でリーダー』であること
(C)オーナーが最も信頼をする『経営の代行者』であること
(D)地域社会に貢献する『外交官』であること

経営者であると同時に、従業員とともに常に現場の第一線に立つ総支配人は、心身ともに若くなくては勤まりません。年齢の問題は、個人差があるとは言えますが、先にご紹介した物語のように、ハードな仕事を、一年を通じて続けていくには50歳が限度、少なくとも55歳までの仕事ではないでしょうか。総支配人に求められる4つの要件に加えて、総支配人に不可欠な資質は、ハードとソフトを華やかに彩るデザイン感覚です。ホテルに夢と感動、そして安らぎを求めるお客様に、ハイセンスなインテリアと照明につつまれた快適で素敵な空間を演出できるのか、おしゃれでフレンドリーなサービスを提供できるのか、ひとえに総支配人の感性次第なのです。総支配人自身の人格と感性が、ホテルの性格を決めるといっても過言ではないでしょう。